東西家電量販店列伝「中川無線電機」「第一家庭電器」(NetwingsJ)

かつて存在した家電量販店の社名です。わたくしが高校生時代に第一家庭電器でアルバイト(協力社員)をし、母方の従兄が、中川無線電機で社員さんをしていた。不幸にも、そのいずれもが、時の流れによって倒産あるいは整理買収されていった、というわけですよ。まあ、僕は、第一家庭電器がこける前に、千葉そごう(電気文化雑貨課)に転職しましたけどね。今の千葉そごうも、テナント貸しアパレルデパートになっていますけどね。

■第一家庭電器(Wikipedia)(千葉)

♬いいものを、いいサービスで、第一家庭電器♬ という歌が流れ、下っ端は何をしているかというと、専ら掃除(テレビの画面磨き)とか、棚卸し(カセットテープの個数を数えるなど)をしていました。千葉セントラルプラザの3階にあり、店長がおとなしい人だったので(野末葉一店長)田所のキャリアはここから始まりました。

ただ、残念なのが、他店や後発に比べて、粗利率が低く、せいぜい商品代金の2割程度だったと思います。

■中川無線電機(大阪)

さて、従兄が勤めていたところに、尼崎移住とともに中川無線電機にお世話になろうとしたら「こっちはそれどころじゃないよ!!」と母が従兄に電話口で怒鳴られたことがありました。折しも「ナカヌキヤ」への業態転換の時期。まさに中川無線電機内では「生き残り頭脳ゲーム」のサバイバルゲームの真っ最中だったのです。これも、第一家庭電器同様、業績が厳しかったようです。

大阪・にっぽんばしで隆盛を誇っていた中川無線電機。NAMUにっぽんばしというパソコンのお店もあったとか。ところが、バブル崩壊前夜(平成2年あたり~)から様子がおかしくなりはじめ、従兄が「自分の首も危ない」状況に差し掛かり、ナカヌキヤを経て、現在では無くなっている、あるいは店舗があっても、それはもはや電器屋ではない状態になっているようです(最近、にっぽんばしまで行っていないのでよくわからない)

このように、故:堺屋太一先生も講義の中で教えてくれたように「せいぜい今までの業種業態で続いて30年間です」と。それには「変化を恐れてはいけないし、変わり続けなくちゃならない」という、重要な示唆をいただいた次第です(平成13年・於大阪産業創造館セミナールーム)

今では、GAFA(欧米資本の強力な企業)が、日本の消費を席捲しています。このように「常に変わり続けること」が、どうやら日本企業には求められているようです。うちも変わらなきゃな。

ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝

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